2009年9月26日 (土)

高野山 奥の院090921。。

朝5時前に高野山へ出発!!
7時前に、鳴門大橋を渡り淡路島にある風車を発見!!

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8時には大阪の焼却場(?)横を通過。。
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10時半に、高野山の大門に到着。。
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やっと高野山だぁ。。
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三途の川にたとえられる川(?)と、奥に見えるのが御廟橋。
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高野山の杉並木かな?、いい雰囲気だったw。
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シツコイようだけど、弥勒(みろく)石は、簡単に、呆気なく持ち上がったのだぁ~v

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2009年9月22日 (火)

『高野山で結願。。』090921。。

高速道路、休日1000円を利用して高野山へ。。
往復827km。。ふぅ。。
掛軸の箱と納経帳に書いてもらって、一応、四国霊場八十八箇所の巡礼が終わりました。。

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『高野山 奥之院 弥勒石(みろくいし)』090921。。

奥の院の御廟橋を渡って進むと左側に沢山人が並んでいて。。
なにかな?と思ったら、弥勒石(みろくいし)。
下の段にある石を上の段に片手で持ち上げる・・・みたいな。。

ガラン!!ドカン!!って石を転がしている音が響いて、なかなか大変そう・・・。
私の前のおっさんが、いかにも”力ありますねん”という感じで、なんとかあげてました。

私もやってみたのですが・・・。
ゴルフの練習をし過ぎて手首が痛いし、触る程度でいいやって思いながらやってみたら。。
あれ?
簡単にあがってしまった。。。
拍子抜けというか。。。
むかいのきもっちゃんに、「空気読んでください!!」と怒られたw

家に帰って調べてみると、下の段から上の段へと片手で弥勒石をあげて力試しをするとか。
信仰的な解釈では、上段へと片手で上げることが出来れば願いが叶うとか。
罪の軽い者は簡単に上がり、逆に罪の重い者は上がらないらしいとか。
本来は、弥勒石に触れることによって、弥勒菩薩を勝縁を結ぶということらしい。。。

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2009年8月31日 (月)

四国霊場 「掛け軸」完成。。

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3月28日に巡礼を終えて、表装に出すのが遅くなってしまった。。

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2009年3月31日 (火)

四国霊場八十八箇所巡礼まとめ090328

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今年の1月12日に「第八十八番札所 大窪寺」で巡拝を始める挨拶を行い、完全な逆打ちとはならなかったものの、3月28日で八十八箇所巡りは終わった。
【まとめ】
期間:2009年1月12日~2009年3月28日
日数:10日間、平均8.8寺/日
   連続して巡拝するのであれば、7日~8日というところだろうか?
写経:期間内の写経枚数は、約70枚。不足分は、母親が写経していたものを頂きました。
宝印:納経帳・軸、はすべて宝印を頂き、白衣は、高知~徳島間のみ宝印を頂いた。

お遍路さんの季節は、お遍路さんが大挙して押しかけるので、お遍路さんの季節は、思ったよりも時間が必要となる。
なにか変化があったか?と聞かれると、答えがない。

なんども巡礼すれば、なにか答えが見つかるかもしれないけど。。
1度くらいで見つかるほど、易しいものではないでしょう。。

2度目からは、先を急がずゆっくりと歩きたいと思う。

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2009年3月23日 (月)

番外 御厨人窟(みくろど)090321

御蔵洞(みくろどう)とも書くらしい。。
空海という名前に改めることになった地であり、修行した洞窟が残っている。

所在地は海岸と思いきや、海・海岸・国道・御厨人窟となる。

近くには、(巨大な)青年大師像もある。Mikurodo


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Seinentaisi


Soratoumi


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2009年2月17日 (火)

釈尊最古のことば。090217。。

第五十一番 石手寺 (第五十一番札所)で頂いたものの表紙には、「釈尊最古のことば」が書かれている。
僧侶などが釈迦を指す時は、略して釈尊(しゃくそん)または釈迦尊、釈迦仏、釈迦如来と言うらしいので、釈迦如来のことばということ。

武器を手にし他者を害しようとした。
そのとき恐ろしい不安が生じた。
水の少なくなる池で生きんとして
もがきぶつかりあう魚のように
人々は互いに敵対し争っている。

そこに私は人々の心臓を射ぬく
見がたい矢を見た。
この矢に突き動かされて人々はあちら
こちらへと走り回る。
この矢を抜いたなら走り回り対立することもなく
悲嘆に沈むこともない。

他を敵対排除したり、所有支配することなく
ありのままに平等(すなお)に接し
あらゆる所に平安(ねはん)を見る。

ということ。。
「水の少なくなる池で生きんとして、もがきぶつかりあう魚のように、人々は互いに敵対し争っている。」
というのは、そうなのだけど。。
もがきぶつかりあって、淘汰されたあとに、釈迦如来が見たら、仲良く泳いでいると解釈するか。。
一匹の魚が、水の少なくなった池で懸命に生きていると解釈するか。。
物事を見る時空の問題でもある。

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2009年2月 8日 (日)

あなたの楽しみはなんですか?

○楽しくなければ生きている意味がない、と言えるのではないですか。
○楽しければ自ずと心が明るく軽くなり、それはそのまま顔の表情にも表れます。
 出会った人にも自然とそんな気持ちが伝わってゆきます。
○その気になれば楽しみはどんなところにも見つけられます。
 小さな楽しみを集めれば、大きな喜びを味わうことができるかも知れません。
○ものの受け取り方、考え方によって、苦しみが楽しみとなることもあります。
○弘法大師は、「同じ水を飲んでも、蛇であれば毒になり、牛であれば乳になる」と言われています。
○つらく受けとったものを誰もが喜ぶものに替えて返せたら最高ですね。
 四国第四十五番 海岸寺 岩屋寺

岩屋寺で、納経したときに頂いたものです。。
この言葉は、誰かから聞いたことがある。
”ものの受け取り方、考え方によって、苦しみを楽しみに変え。”
”つらく受けとったものを誰もが喜ぶものに替えて返している。”
確かに、こういうことが出来る人が身の周り5mに、いるのである。

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2009年1月29日 (木)

般若心経・はがき版

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これも、写経のうちかも??

「ワードパッド」で般若心経

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2009年1月11日 (日)

仏説摩訶般若心経からの写経。。

Syakyou

写経は、心をこめて丁寧に書写すればよいのであって、 文字の上手下手は、あまり問題ではありません。
と言われても、いきなり書いて笑ってしまうような字も如何な物かと思ってしまう。
そんな時には、写経用紙の下に見本を敷いて書けば、少しは見られる写経になると思われる。
「般若心経」の写経用見本はネット上にあるのだけど、私が必要なのは、「仏説摩訶般若心経・・・」で書き始める。。
なので、作ってみた。
A3用紙に印刷すれば使用できます。
ファイル容量の関係上、Microsoft Photo Editorで開くことができる解像度となっている。

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